息子は6歳 娘は4歳の二児の父。
息子は来年小学生になろうとしている保育園年長です、ということはパパ歴も6年…毎日色んな不安にかられながら子育てに奮闘しています。
そんな中最近息子とのヤリトリに思うことがあって、これはきっとここに残しておいて、いつかまた読み返して確認する日が来るだろうと思いツラツラと記録。
同じ気持ちの人の励みになればいいです。
子離れ・親離れ
子離れしたり、親離れしたり、そう言う話は子供が中学に入った辺りから始まるものだとばかり思っていた。
現に今自分が勤めている学校でも”子離れできない親”をたくさんみてきてこれから来るであろう自分の子離れに心の準備をしなくては…なんて思っていたけど、実はもっと前に”赤子離れ”しなくてはいけない自分がいたのだ。
うちの子だけなのか?
保育園の送り迎えの時にたまに先生に最近の息子の様子を直に聞くことがある、そして半年くらい前から先生から聞いた気になること…
- 数を数えるのが苦手
そう、口で言って数えることはできるけど、4個あるみかんを2人に2個ずつあげるときはどうするか、とかそう言う話になるとまったく頭が真っ白になるらしい…
- 言語が聞き取りにくい
これは半年というか3歳くらいの時から言われて、いつか治るだろうと思っていたけど意外と治らない、特にサ行・タ行が言えない息子、シャシシュシェショ・タチチュテトになるのだ….
- 今何のための作業をしているのかを理解していない
例えば保育園でクリスマスの飾り付けを作った日にそれがクリスマスのモノだという認識が薄い…というか覚えていない…
「今日パジャマ持って来た?」と聞かれて「持って来た」って言ってるけど持ってきてない….とか
おうちもでも確認しながらやってあげてくださいと言われたモノの、なかなか日常で確認作業は難しい….
保育園、行かない….
こんな感じの細かい事が増え続け、先日ついに
『保育園行きたくない…』病が発症。
と言うのもうちの保育園のシステムで共働きの親がどちらかお休みの時は登園させちゃいけないルール、だからうちの場合タイミングが合ってしまうと1週間の内ほとんど登園させなくても良い日がある、そうなってくると園で進めている色んな創作物に遅れが出ることになるのだ。
イヤイヤ病の経緯はこうらしい….
今ペットボトルを使って編み物をしているけど、息子が登園数が少ない+覚えが悪いことでほとんど進んでいない状態。
覚えてないから友達に聞くけど、やっぱりわからない….「先生に聞いてみれば?」って言われるんだけど、教わったことをまた聞いて怒られるのが怖くて聞けない….
そうこうしている間に自分がビリになって、嫌になったのだ。
珍しく夜 話し出した息子
そして先日の夜、泣きながら母親に↑の話をし出したのだ、自分からは珍しく。
どうやら自分が先生の言ったことを覚えていられないことは自覚している様子で、どうしたら忘れないか一生懸命考えるんだけどまた忘れてしまう始末…それでまた先生に注意されて、どうしようもない感じのようだ。
↑というかこういうのって男の子みんなそんなもんだと思っていたんだけど…..うちの場合は各別に覚えが悪いらしい(^_^;)
親が保育園の参観の時はおちゃらけてふざけている感じに見えてはいたけど実は心の奥の方では覚えていられない自分を取り繕うかの様な感じだったんだろうか。
イヤイヤ病の最中、無理矢理登園
そうは言っても保育園には行かないといけない為、暴れる息子を抱きかかえ無理矢理登園させる…
でも本当は自分の心の中で『行きたくないならパパと一緒にいようぜ..』っと思っていたのだ…←ダメだとは思ってるんですが…
『もう行かなきゃいけないんだから、行っちゃいなさいよ!』←妹(3歳)の心ない言葉に怒りに拍車がかかる…余計なことを言うなよ娘(^_^;)
登園しても離れず…仕方なく担任の先生に少しだけ話をしてなんとか引き離し置いてきた。
しばらく他の準備をするために園に残って、見つからないように教室の中を見てみると、独り教室の隅で座り込んで黙々と編み物をしている息子がいた。
なんだか悲しくなった…
園を出て、自転車をこぎなら自宅に戻る途中
『頑張るしかないんだから…』
とつぶやくものの…
でも…このまま喋り方が治らなくて虐められたらどうしよう…
このまま物忘れが激しくて集団行動について行けなかったらどうしよう..
このまま数字が覚えられなくて勉強嫌いになったらどうしよう…
涙が止まらなくなった、拭いても拭いても涙が出てくる、息子に対する不安や悔しさと、日々の疲れともどかしさと、なんだか色んなモノがごっちゃになって抑えられなくなった。
いや…もっと大変なことで悩んでいる親御さんもいるだろうから、自分の悩みなんてものすごく小さいとは思いますが…
思えば日頃から ”人と違ってていい” “足りないモノがあっていい” ”馬鹿でもいいから人に優しくしなさい” いつも子供にはそういう風に思って育てているけれど息子が大きくなるにつれて、集団行動とかいじめられるんじゃないかとかそう言う不安に毎日かられるようになってきてるのは紛れもなく自分だった。
恥ずかしい話だけど今更そんなことに気がついたのである。
師からもらった安堵の言葉
私には自分のことを3歳の時から知っている恩師がいて、今でも音楽教室や幼児教室に学童をやっている。
そんな”子供と向き合うプロ”からアドバイスをもらった。
息子は『今まで頑張ってきたからもう自分で歩けないよ!』と思っていて、背中を押してもらわないと1歩が出ないんだと思う。
いじめとかでなければ
「おまえ、そんなこと言えて幸せだな!」
「たよりにしてるぞ!」ぐらいの気持ちで向き合った方がいいです。
真剣に受け止めているとますますどうしたらよいかわからなくなります。
親がきっぱりと自分の方針を言った方が子供は楽です。様子を伺わないでどんどんつれていく方が良いかと思います。
こんなアドバイスをもらって正直ドキッとした、息子と真剣に向き合っているつもりが自分の芯がブレていたせいで2人とも出口が見つけられなかったのだ…なんとも情けない話だけど、もの凄い心が安定し、もの凄い重いモノが肩から抜けていった気がした。
なるほどなショートフィルム
そんな諸々のことがあって偶然であったピクサーのショートフィルム『ひな鳥の冒険』を観てさらに元気づけられる。
子供を大切に思うあまり、大切にするところとそうでないところの境界線がわからなくなって、これは甘やかしなんじゃないだろうか….とかこれは優しくないことをしているのか….全部が疑わしく思えて来る子育て..
でも根本はもっと子供を信じて任せる=放っておくこともこれから先は大切なことなんだ、そうすれば勝手に発見して、勝手に友達を作り、勝手に考えて生きていく術を見いだしていくもんなんだな。。
また違う生活がいつの間にか始まっている
↓4年前の子供達、でももう4年前の家族は今ココにいない、いるのはもう赤ちゃんじゃない子供たちと成長した新しい家族のカタチ。
毎日一緒にいるから、慣れて・忘れて・また作って・また壊れて、親も子供も毎日成長し続けて家族ができあがってく。
ものすごく簡単そうで難しい、難しく考えすぎて実は容易い、子育てという魔法、まだまだ道のりは長そうだ。
追記:マフラーはしっかり最後まで頑張りました(笑)
2016年最後のパパの手記
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